クリストファー

『最近友人たちの反応が、やけによそよそしい感じがする。まるで俺と初めて出会ったかのように接してくるんだ。ひどく悲しい。やっぱり僕の理解者は君だけだよアリス。』
『アリス、もう寝ちゃったかい?もし起きてるなら電話してもいいかな?』
『薬をまた、やってまった。でもだけど、まったくぜんぜ、ん癒えないよ私は。アリス、君が、私の真実だ。君なしじゃあ、現実なんてありはしないだろう?』

 

『re:おはようクリストファー。
ごめんね、昨日は疲れてすぐに寝ちゃってたの。それと、前も言ったけど電話は親に怒られちゃうからダメなの。』 
『いいんだ、気にしてないよ。僕もすぐに寝てしまってたからね。
学校が終わればまた連絡するよ。愛してるよアリス。』

最後の文章を送信し、重たい身体をベットから起こし、僕は身支度を始めた。


僕はアリスと出会い系サイトで知り合った。
これを話すと周りの人間は反対してくるか、偽善的で上部だけの許容を僕に向けて語り出す。

だが、後者は前者と同義だ。
“僕が悪いことをしてない”と態々説明してくるのは、世間一般ではネット上での出会いが悪いことだという前提が、 そいつの脳裏にあるからだ。
直接バカにしてくる奴等より、そういう偽善者のが何倍も腹が立つ。

 

僕にとってアリスは現実だ。
学校の友人に隠し事はしていても、アリスには何でも打ち明けれる。アリスほど僕を理解してる人間はいないし、事実この世界の何処かにアリスは存在してるのだから、バーチャル上の出来事だとはとても思えない。

そして、アリス以外が偽物だという根拠に、学校へ対する僕の拒否反応も含まれるだろう。
陽が窓から差し、時計が気になり出すと胸がムカムカし、玄関で靴紐を結ぶ時には吐き気が荒々しく僕の心臓をノックする。

通学路で友人に会おうものなら最悪だ。
突然ネットの世界など消えてなくなってしまったかのように、こっちの世界にピントが合う。
これにより受けるストレスは膨大だ。
だから僕は毎朝幻覚剤を打ち、虚無感に襲われる前に家を出る。
そのせいで僕はおかしなやつと思われてるらしいが、その方が幾分かストレスはマシだ。


「おはよう。」
前に、友人の、マイケル。彼は金髪で、キラキラし、てて体がでけえ。
「マイケル、やあ、クリストファーだ」
「分かってるよ」
最初は笑ってくれたのだけども、馴 れてしまって、最近の態度のマイケルはよそよそしく思う。

「クリストファー、最近アリスはどうなんだ?元気か?」
マイケルと違って、横にいたジョーとカーズはニヤニヤしてる。私もそれでニヤニヤした。
「アリスは、電話で親に怒られるから、悲しいんじゃないかな?僕も、親に怒られると悲しいし、皆も悲しいでしょ?」
ジョーとカーズはワハハハと笑った。マイケルはよそよそしい。なのに、私の肩をつかんで「行こう」ってジョーとカーズを置き去りにした。
マイケルは酷いやつだなあ。やれやれ。

 

昼頃になると、僕は保健室で目を覚ました。
酷く頭痛がする。午前の出来事を思い出そうとしても、抽象的にマイケルたちに会ったことしか思い出せない。まぁ、いつもの事なのだけども。
保険室の先生は昼食で部屋を空けてるようだったから、僕は独断で早退することにした。

 

家に帰り、パソコンを開くと、数分前にアリスからメールが届いていた。学校は違うが、アリスも学生なので、昼に連絡があるのはすごく珍しい。

『なんか心配になって、学校のパソコン使って連絡しちゃった。もう昼休み終わっちゃうから返事は出来ないけど、困ったことがあれば言ってね?』

こんなとき、アリスがいとおしくて堪らなくなる。
彼女は誰よりも僕の危機を察してくれるし、最高のタイミングで慰めてくれる。
あぁ、好きだ好きだアリス。愛してるよ。


よるになると、私はよるごはんをたべるから、リビングに行ったよ。 
サラダのドレッシングのあじがしない気がするから。もっといっぱいドレッシングかけようとすると、お母さんがとめた。
仕方なく、味のないサラダをたいらげた。

わたしは、昼間のアリスとの事が嬉しかったので、お母さんに話したの。お母さんは困った顔だ。
おとうさんが怒った顔ではいってくる。
「またその話か、いい加減にしろ。」
お母さんがお父さんをとめたら、お父さんはもっと、怒った。
ジェシー、この子は現実が見えてないんだ。ありもしない妄想に耽ってる。もう俺は沢山だよ!」
あ、ジェシーとはお母さんのことなのだ。
「この子も辛いのよ、分かってあげて。」とジェシー。わたしはジェシーのが好きだな。お父さんにムカついてきたので私は部屋に行った。部屋とは自分の部屋のことだ。
お父さんはわたしをほかしてあたらしい、子供を作ろうとしてるとおもう。罠かもなと思った聡明なわたしは、部屋にあるゴミ箱を部屋の外に、だした。
ドアの向こうで、お父さんの怒鳴り声が聞こえる。
声で耳を潰して、私の事をほかそうとしてるにちがいない。と私は恐怖でいっぱいだ。

 

『アリス、助けてほしい、お父さんに殺されてしまうよぼく。まだ死にたくない。』
『アリス、今度会えないかな?寂しいよ、前は会えたのになんで今は無理なのだい?』
『アリス、今日君でオナニーしたよ、もっと君の写真をちょうだい。』
『なんで無視するの?アリス、見てるんでしょ?』
『死のうかな、どうせ殺されるんだし』

 

『ごめん、クリストファー。親がうるさくて勉強してたの。』
『いいんだアリス、気にしないで。ところで今度会えない?』
『そうね、時間があえば私も会いたい』
『今週の土日はどう?』
『ちょっと忙しいかも、暇なとき連絡するよ』
『前もそう言ったじゃん』
『今度は絶対約束する!』

アリスの絶対が守られることが少ない事を僕は知っている。去年の8月にも会う約束をしたが、彼女は現れなかった。
昔は毎日のように会ってくれたのに、もう僕に興味がないのかいアリス?

 

朝、頭痛がする。昨日の夜の事がハッキリと思い出せない。部屋には注射器が無造作に転がっていた。
メールの履歴をみると、僕はアリスに酷い悪罵を浴びせていた。
内容を見ていると、吐き気が催してきたので、僕はパソコンを閉じ、逃げるように学校へ向かった。
途中で僕は最悪の事態に気がついた。
幻覚剤を家に置いてきてしまったのだ。シラフで過ごすなんて耐えられないので、家に引き換えそうと思ったが、マイケルに捕まってしまった。

「おはよう、クリストファー。顔色悪いけど大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫だよ。」
忘れ物したとでも言い訳して引き返せばよかったのだが、シラフの会話に慣れてない僕の思考は完全停止していた。
隣にマイケルがいる状態で学校へと歩が進む。妙な沈黙が辛い、何故今日に限ってジョーとカーズはいないのだ。

 

学校についても僕は誰とも話さなかった。というより、話せなかった。
ジョーとカーズはいつも通り僕をおちょくってくるが、僕はいつもと違っておかしな事を言わないので気味悪がられた。

昼休みになると、騒音のする教室に耐えきれなくなり、教室を出た。
しかし、一人で飯が食べれる場所をよく知らないので、弁当箱を片手にキョロキョロ歩き回っていると、マイケルが僕を見つけて肩を押しながら屋上へと連れていった。

 

「大丈夫か?今日変だぞ?」
「変なのはいつもの方だよ。」
僕は横に座ってるマイケルを気にしながらご飯を食べ進めた。間が空くと一人になりたくなる。

「いや、今日は変だ。落ち込んでる気がする。
何かあったのか?」
マイケルも市販のパンを開けながら、話しかけてくる。
「君にいっても分からないよ。」
「言えよ、アリスの事だろ?」
沈黙後しばらくしてから、頷いた。
「酷いことを言ってしまった。」
「アリスは気にしてるのか?」
「分からない。」
話しながらだと、食が進まないので、僕は弁当箱の方を閉じて、鞄に直した。
「今日アリスに会って謝るよ。」
「それはやめとけ。」
マイケルも食べかけのパンをビニール袋に戻す。
「なぜ?」
「それは...」と言葉を詰まらせたあと「危険だよ、会うなんて。」と、取って付けたような理由を述べた。

「そんなことないよ。過去に何度も会ってる」

僕はアリスを否定されたような気がして、少しイライラしていた。

「とにかく、やめとけ。彼女とちゃんと話してからにするべきだ。」

「君には関係ないだろ」

僕は弁当箱を置き去りにし、屋上から出るドアを開き、階段を降りていった。

後ろからマイクが追ってきた。

「待て何処にいく気だ。」

「アリスの元だよ」

「まだ学校だろ」

僕は無視を決め込み、アリスの家へ向かうことにした。「まてって」マイケルが服をつかんで引き留めようとした時、僕のシャツのボタンが幾つか引きちぎれて、床に散らばった。

「あ...ごめん...」マイケルはすぐに手を離した。

僕はマイケルを睨み付け、金切り声をあげて、廊下を走っていった。

マイケルはそれ以上、追ってこなかった。

 

アリスの家に着き、インターフォンを押すと、低い女性の声が聞こえてきた。恐らくアリスの母親だ。

「だれでしょう?」

「僕、クリストファーです。アリスが帰ってくるまで待たせてくれませんか?」

息が切れていたので、台詞が何度か詰まったせいで聞き取れなかったのか、女性は再び尋ねてきた。

「え?誰ですって?」

「クリストファーです。クリストファー・ローソン。」

「な...」

インターフォン越しで無くても聞こえるくらい大きな金切り声がした。

「バカにしてるの!!?ふざけないで!!警察よぶわよ!!」

「え?何故ですか、僕はただアリスに...」

アリス母は、僕の話を聞かずに、思い付く限りの悪罵を僕に浴びせてインターフォンを切った。僕は仕方なく、家から少し離れた場所でアリスを待つことにした。

 

夕方になると人が現れた。

しかし、それはアリスではなく、マイケルだった。

「ごめん、シャツの事謝りたくて来たんだ。」 

「もういいよ。」

「...待ってるのか?アリスを」

僕は素っ気なく頷いた。

「家にはいったのか?」

また頷く。

「追い出されたんだろ?」

僕はマイケルの方を凝視して、再び頷いた。

「何故わかった?」

「分かるさ、君は現実がわかってない。」

僕はマイケルの発言の意図が汲み取れず、再び聞く。

「どういう意味だ?」

「君は現実から逃げてる。」

やっと意味がわかった僕は猛烈に反駁した。

「逃げてる?ネットで出会ったアリスを愛してることがか?分かってないのは貴様だマイケル。俺にとってアリスが現実なんだ。」

「そうじゃない。何も分かってないよお前は。」

僕はバカにされた気がしてイライラした。

「結論を言えマイケル。」

「言ったらお前は傷つく。」

「構わない。」

 

マイケルはため息をつき、自信のスマホを開き、メールを開いた。

そこには“僕がアリスに送った筈のメール”があった。

「俺はアリスだ。」

マイケルは端的に述べた。

しかし僕はまだ理解できずにいる。したくもない自分がいる。

「そして、クリストファー。」

マイケルは俺を指差した。

「お前も“アリス”だ。」

「は?」

僕はまた、発言意図を見失った。

「お前はアリスなんだ、アリス。現実を見ろ。」

マイケルはスマホのインカメを起動して僕に突きつけた。

そこには“アリス”が写っていた。

 

「なにがどうなってるマイケル。これはなんだ?僕は...」

「アリスだよ君は、クリストファーは去年事故で死んだ。」

血の気が引いた。

そして僕には、その記憶が確かにあった。

 

去年、クリストファーと会う約束をした私は、救急車の音を聞いた。野次馬気分で救急車の元へ駆け寄ると、そこで私は血まみれになったクリストファーを見た。

交通事故だったらしい。

それから私は......私はどうなった?

私は、僕になっていた。

クリストファーとして、生きていた。

愛するクリストファーを、私は死なせたくなくて、自分の中に閉じ込めたのだ。

幻覚剤を摂取し始めたのも、丁度その頃だった。

私はアリスを殺したのだ。

 

「アリス、正気に戻ってくれ、クリストファーのことは忘れるんだ。」

「い、いやだ。僕はクリストファーだ。」

「違う、彼は死んだ。お前がさっき訪ねたのもクリストファーの家だ。」

「そんな筈...」

いや、確かにそうだ。

表札にはクリストファーのラストネームが書かれていた。

私はそれを見てみぬフリをしていた。

 

「嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ僕はクリストファーだ。クリストファーは生きてるんだ。」

汗と涙が混じって、鼻筋から地面へ落ちた。

マイケルは私をそっと抱きしめ、髪を撫でた。

「アリス、俺は君が好きだ。君でいてくれ。」

私はマイケルを突き飛ばした。そして身を守るように手をX字に組んだ。

「アリスが好き?貴方が話してたのはクリストファーだろ?アリスの事何も知らないくせに、ふざけるな!アリスは僕だけのものだ!」

「現実を見ろアリス。君が話してたアリスは俺だ。そして俺らは愛し合っていた。」

「違う、お前だと知っていたら違った。お前が嫌いだ私は!」

私はまた走り出した。もう疲れきっていたがそれでも走った。それでも思考は脳内をかき回してくる。

 

私はクリストファーじゃなくてアリスで、でもアリスを愛していて、そのアリスがマイケルで、マイケルが愛してるのはクリストファーじゃなくてアリスだから、私が知ってるアリスはアリスを愛してることになって...

頭がおかしくなりそうだ。

 

私が愛してたのは結局誰だ?マイケルか?アリスか?クリストファーか?

そんなことは分かる筈がない。私が誰なのかも今知ったと言うのに。

 

疲れはてて地面に倒れこんだ時、白線が見えて、私は今道路の真ん中にいる事に気がついた。

後ろから「危ない」とマイケルの叫び声が聞こえてきたが、直ぐにトラックのクラクションと、衝突音にかき消される。

 

消え行く意識の中で、私はクリストファーが死に逝くのを悟った。

 

微かにへたりこむマイケルの姿が見えた。

アリスはまだ、生きてるかも知れないな。

その時、意識は完全に消滅した。