木星フレア
「お兄ちゃん、何をみてるの?」
後ろから低い声の女性が話しかけてきた。
「やあキャシー。惑星を観ていたんだ、この時期しか観測できないんだ。ほらあそこ」
兄であるランシターが指す先には、他の恒星たちとならんで光る小さな点があった。
「アレが惑星?すごく小さい」
「うんと遠くにあるんだよ。ほら、“望遠スモッグ”を覗いてごらん」
兄に言われ、身を乗りだして望遠スモッグを除きこんだ。スモッグ越しでもまだ小さいが、仄かに青く光る球体である事が分かった。
その輝きに見とれるキャシーを横に、ランシターはスモッグの倍率をさらに上げた。
すると、青色の中に他の恒星と同じように“固体”が浮かんでることが分かった。
ランシターはその固 体へスモッグの向きを調節して、倍率をぐんっと上げた。
「わあ!」
「分かったかい?」
キャシーが観た光景は、今までに観てきた恒星よりも大きな衝撃と感動をもたらしてくれた。
固体の表面で、小さな固体の粒が動いているのだ。
「すごい、まるで生きてるみたい」
固体に生物が住める筈がない、という現実的な考えを心にしまいこみ、ランシターは妹を抱き寄せ、星の表面を不規則に動く固体を眺め続けた。
他の恒星が光だし、青い惑星が見えなくなってきた頃にランシターは妹の顔を撫でながら言う。
「そろそもお腹すいたろ?飯を食べなよ」
キャシーはランシターの顔を見上げて返事をする。
「お兄ちゃんはたべないの?」
「俺はさっき食べたから大丈夫」
キャシーはそう、と言い、ふたたび望遠スモッグの中を除いた。しばらく沈黙が続いたあと、またキャシーが喋りだした。
「死んだあとの世界ってどんなのかな?」
ランシターはギクリとした。
「な、なんで急にそんなことを...?」
キャシーはさっきより明るいトーンで話始める。
「あたしね、あの青い星が“あの世”だと思うんだ。死ぬとね、魂が固体になって、あの星に転送されるの。」
「ぷ、アハハ。そうかもしれないね」
頭のいい兄からの賛同が嬉しくてキャシーは調子づいた。
「あたしね、大きくなったらあの青い星にいくの!そしたらパパやママにももう一度あえるでしょ?」
不意に両親の話をされ、一瞬固まったランシターは、それを悟られないよう咳払いをしながら「そうだね」とだけ返事をした。
それは最後の返事となった。大きな爆発音と光が二人を包む────
「またジュピターか?」
取り憑かれるように、研究室内で望遠鏡を覗いていた私に話しかけてきた先輩の名はランシター。
背が高く、鷲鼻でモジャモジャ頭で、まつ毛が長く、大きな手をもち、少し、格好のいい黒人男性だ。
「え、いや、そそそうなんです!」
急に話しかけられたのと、相手が彼だった事に緊張して、言葉の始めをバグった機械音声のように、吃ってしまった。
彼はフフっと笑いながら、私の横に立ち、空を眺めながら言った。
「好きなんだな、木星。みえるようになってからずっと見てるよね。」
木星を眺める彼の横顔が夜星に照らされて、くっきりと浮き上がっていた。
「なんか、懐かしい気がして...」
そう言いながら、私の目はまた空に奪われた。
ランシターはその隙に、望遠鏡のレンズを覗きこんだ。
「きれいだな。ガスが主成分だとは思えないほど美しい。」
「あのガスの流れをずっと眺めてたら、なんだか生きてるように見えてきますよ。」
「アハハ。なんだそれ。」
木星人か。主成分がガスの星で、生物が生息してるなんてあり得ない話なのに、何故か私は木星を眺めていると、本当にあの惑星に生物がいるような、そんな幻想に浸ってしまう。
そんなことを考えている私を、大きな爆発音と光が現実に引き戻した。
「花火か、近くで夏祭りでもやってるのかな?」
次々と打ち上がる花火は、空に輝く恒星とは違い、カラフルで賑やかだった。
「さっきのキャシーが言ってたみたいに、木星に生き物がいたとしたら、2XXX 年におきた木星での大爆発は夏祭りだったのかもね。」
「あはは、それはヘンですよ」
とても賑やかな空だった。