多重人格少年
記者と名乗るものが少年に話しかける。
「貴方がこの地区で有名な“多重人格少年”の太郎くんですね?
私、記者の渡邉と申します。よろしく」
「はい」
その様子を野次馬たちは遠目でみていた。
渡邉は気にも止めずに質問を続ける。
「現在、いくつの人格を持っているんですか?」
「ちゃんと数えた事はないけど沢山ですね。
毎日一人は見つかるんで」
「そんなに沢山の人格があって困ったことはないんですか?」
「人から変な目で見られることくらいですかね。
でも便利ですよ。色々な人格を状況に応じて使い分ければどんなことでも出来ますからね。」
「失礼ですが、精神科に相談されたことは...?」
「ないですね、というか精神科の人格もあるんでわざわざ病院に行くことはありませんよ。」
渡邉は太郎が言ったことをメモに書き留め、時よりなにを質問しようか考えるような仕草もみせた。
「他にはどんな人格があるんですか?」
「あぁ、一応紹介しますね。」
次の台詞で太郎の口調と声が変わった、別人格が現れたのだ。
「初めまして。太郎の母親である節子と申します。」
「母親ですか?」
渡邉は驚きを隠せずにペンを止めた。
多重人格で母親の人格があるものなど聞いたことがない。
「ええ、太郎の実の母親が事故で他界してしまい、その穴埋めにと私が太郎の世話をするためにやってまいりました。」
「はぁ、すると家事は節子さんがやっておられるのですね...」
正確には“節子の人格が”だが細かい話はなしとしよう。
「そうですね、朝と夜だけ私が出てきて、家にいるうちに家事を済ませてしまいます。買い物は執事のものが───」
節子が話している最中に声が男の声に変わった。
太郎よりももっと低い声だった。
「おい、節子。誰だこの男は」
再び節子の声に切り替わる。
その声の移り変わりは目を閉じてしまえば複数が会話してるように錯覚してしまうほど違和感がないものだった。
「あら貴方。この方は記者の人よ、私達に取材をしに来たの。」
「あの、今のは旦那さんで...?」
「ええそうです、旦那の雅彦でございます。」
「節子、なに勝手に話を進めてるんだ。
俺は取材なんか聞いてないぞ。」
「私だってさっき太郎から聞いたのよ」
「なんだと、口答えしやがって──」
「まあまあ。旦那様、奥様、どうか落ち着いてください」
次は老人のような声に変わった。
「申し遅れました。ワタクシ、執事の川上と申します。」
「あ、どうも...」
「あら、川上。
ともえの面倒みててって言ったじゃない」
「すいません奥様、なにやら騒ぎ声が聞こえてきたのでつい。
しかしもう寝かしつけてあるので安心してください」
「あの、すみません節子さん、ともえとは...?」
「ともえは三ヶ月前に生まれた太郎の妹です。」
「生まれるんですか!?」
渡邉は思わず声を粗げた。
「ええ、生まれますよ。
人格というのも一種の生命ですからね。」
渡邉は何がなんだか分からなくなってきていた。
色々な人格を持っているのが多重人格というのは知っていたが、一つの人間に母や父、そしてその息子といった家族構成があり、更には新たな人格として子供が生まれたというのだ。
渡邉が考えていた多重人格の想像より、遥かに遠くの斜め上方向に位置を置いていた。
さらに太郎の父である雅彦の声が発せられる。
「そういえば隣の丸田さんも先日子供ができたと言っておられたな」
「あら、おめでたいわね」
しかし渡邉には嫌な予感しかしていなかった。
「まさかその丸田さんというのは...」
「あぁ、別人格だよ」
「な、なんてことだ...そのうち人格だけで町が出来てしまうんじゃないですか」
渡邉がジョークで言ったつもりの台詞にも、雅彦は平然とした様子で返答する。
「町っていうか一国くらいあるんじゃないか?」
「一国!?」
「うむ、一国は少し言い過ぎたかもしれないが。
新たな人格が見つかるのは毎日一人だけど、赤子として生まれてくるのは10人20人と日に日に増えていくからね」
渡邉はただただ唖然とするしかなかった。
途中、メモすることも忘れていて、ペンも地面に置いてしまっていた。
そこに、ふと野次馬たちの声が聞こえてきた。
「太郎くん、また一人で喋ってるわ」
「次は記者と話している設定なんですって」
「妄想壁があるのよきっと」
「まあ怖い、うちの子とは遊ばせないようにしなきゃ...」
と少年は言った。