少年と画家の男

男は嘆いていた。
この世界は美しくない。四方八方、コンクリートや鉄の塊だらけ。申し訳程度に添えられた植物たちは人工物。こんな偽物に俺は騙されない。

男は怒っていた。
仕事は殆ど機械化され、脳にチップが埋め込まれた我々に学びは不要。今人類は何をなすべきか?
答えはeasy。芸術だ。
なのに自称芸術家どもはこの偽物の世界を描いて満足している。実に下らない。偽物を映しても偽物にしかなり得ない。

男は悩んでいた。
俺は旅をしている。本物を描く旅さ。人里離れた場所にあるヤマやウミ。新鮮な空気。本物の植物。
芸術の真意がここに集結している!

...なのに何故だ?筆が進まない。こんなにも俺の心は満たされているハズなのに。

男は画材であるI-PATプロをリュックにしまい、宿を探しに町へ戻った。
芸術は一日にしてならない。焦ってはならないのだ。 
そう自分に言い聞かせ、人工的に挽かれた川を跨ぐ、人工の橋を渡ろうとするとき、彼は...いや、男は驚いていた。

人工物に囲まれた偽物の中に一つ、本物よりも美しいブロンドヘアーを靡かせた少年が橋の欄干に腕をかけていた。まるで砂漠にある湖に酒が入っていた気分だ。

男の熱い視線を感じ取った少年は、条件反射で反対方向へ歩き出した。男は急いでそれを追う。
「待って待て待て!にいちゃん!待ってくれよ!」
「な、なんですか。」
振り返った少年の顔は美しかった。
恐らくコンピューターに容姿の黄金比を算出させると彼の顔がでてくるだろう。
人類が全員彼のクローンだとしたら、フォトショップで容姿を修正する仕事はこの世から消えてしまうだろう。
出会い系サイトのプロフィールアイコンが彼の顔であれば、男でも...いやいや、この辺にしておこう。
とにかく、美しい。この一言に尽きる。

「君をモデルにしたいんだ!絵の!」
「僕を?」
「そう!」
「そう...」
「そう!!」

男の熱意に少年はたじろいでいた。
この眼差しから逃げるのは雨をよけるくらい難しい。

「困ります。もう暗いし、帰らなきゃ。」
「だったら明日また来てくれ!ここに!いや、ここじゃなくてもいい、どこなら都合が良いかな?」
「じゃあここでいいですよ...。」

男は正確に時間を約束し、その場を去っていく少年が見えなくなるまで、女性のように艶やかなブロンドの後ろ姿を眺めていた。


翌日、男は約束の時間より一時間も早く現地についた。逆に少年は約束の時間より30分遅れてきた。

「うわ、本当にきてる...」
「待ったぞ少年よ!いや、気にしなくて良いんだ。早速始めよう!」
「僕は何をすれば...?」
「いてくれるだけでいいんだ!待ってる間、本を読んでてもゲームをしてても構わない。ただ見える範囲にいてほしい!」
「は、はぁ...」

男はI-PATを開き、水彩絵の具のツールを使い、てを動かしだした。自然物に囲まれている時以上に彼の筆は進んだ。
少年はその間、ぼーっと川を眺めていた。
絵を描いてる時の男は無口だった。

やがて日は暮れ、解散し、次の日にまた集まり絵を描きはじめる。そんな日々が3日ほど続いていた。
少年はふと疑問に抱いていた事を口にした。

「写真じゃダメなんですか?」
「え?」
「いや、僕の容姿を残したいのなら写真でも同じなんじゃないかなと...I-PATにカメラ機能はあるでしょ?」
「面白い事を聞くな、少年よ!
写真は偽物さ、あれは物質の表面を写してるだけにすぎない。中身を描くことは不可能なのさ!」
「え、でも描きたいのは容姿なんじゃ...?」
「では少年よ、また明日会おう!」

いつもは僕が帰るまで待つのに、男は逃げるように帰っていった。僕はそれがおかしくて笑みが溢れた。

製作が一週間に差し掛かった頃、少年と男はすっかり打ち解けていた。
前より話す時間も長くなり、男の絵の進行速度も相対的に遅くなっていた。しかし、男はそれでもいいと思っていた。
道中を楽しむのも芸術だから、気長に描こうと...
とんだ誤算があるとも知らずに。

「今なんて?」
「だから、引っ越すんです。」

男は顔面蒼白になっている。
絵は完成間近だった。 

「どこへ?」
「うんと、遠くです。」

少年の素っ気のない返事に、男は呆気に取られた。
男の腕はいつの間にか、少年の服の裾を掴んでいた。
「それは困る、困るんだ!」
男は必死に言う。それが効果的だと思ったから。
でも少年の想いは違っていた。

「それは、絵が完成しないからですか?」
男は黙った。一瞬心臓を捕まれた気がした。
少年は、男の手を振りほどき、悲しげな顔を後ろへ向けた。金色に靡く髪の毛も男には止まって見えた。

「違う...」

少年は橋の反対側へと歩き始めた。
コンクリートの橋に響く、無機質な足音に初めて嫌気を覚えた。

「違う!!!」

男は叫んだ。少年はまだ近くにいるのに、町の端まで届きそうな声で叫んだ。 
コンクリートの足音が止まった。

「俺は君に惚れたんだ!見た目なんかじゃない、本質的な部分にさ!」

「違う!!!」
少年は振り返り、もっと大きな声で叫んだ。
目には涙が溢れていた。

「あんたは何もわかってない!僕の事を!」

「分かってるさ!君は本物なんだ!
最初は見た目の美しさかと思った、いや、そこしか見ていなかっただろう。でも一緒に過ごして分かったんだ!!君は本物だ!俺がずっと探していた、ヤマやウミにもなかった!!」

「わかってない!わかってない!わかってない!!! 」

叫べば叫ぶほど少年の目から涙が溢れた。
そして少年は、自分の右腕をもいだ。
「なっ...!」
男は驚いた。
少年の腕は、導線で繋がれていた。

「わかったでしょ、これが僕だ!」 
少年は“アンドロイド”だった。
「そ、そんな、そんなハズ...」 
完全に想定外の出来事に、男は次の言葉が出てこなかった。
少年は涙で濡れた顔で無理矢理笑みを作った。

「あんたはずっと、本物に拘っていた。機械を嫌っていた。でもあんたが本物だと言い張ったこの僕は、“ニセモノ”だったんですよ。」
「ち、ちがう...なら、ならその涙は、君のその感情はどう説明するんだ ...!」
「全部プログラムされたニセモノですよ。僕が悲しいと思い込んでるだけで、ほら、この涙も舐めて見てくださいよ。全然しょっぱくない、見てくれだけのただの水分だから」

そう言いながらも少年の涙の量は増えていった。
痛みを感じると涙が出るようにプログラムされているから、その痛覚すらもプログラムされたものだけど。と、そう少年は納得していた。
その納得すらも、自我による物ではなく、基盤の上で組み立てられたものだと、そう納得しようとしていたのだ。

俄然涙が溢れだした。
男は少年を強く抱き締めた。
「君は人間だ。悲しくて、涙している。それは、人間なんだ。俺は君のそこに惚れたんだ。」
少年は抗わなかった、男の胸の中で反論した。
「違う、あんたが惚れたのは見た目でしょ。それも、容姿の黄金比から算出されたものだから、当たり前の結果なんだ。僕はニセモノにしかなれないんだ。」
「君はホンモノの人間だ。」
「違う。ニセモノだ。ニセモノなんだ...」

そこからは水掛け論にしかならなかった。
結局、答えの出せないまま、少年は帰っていった。
なんでも少年は一週間限定の“試験起用”だったらしく、この一週間のテストで量産されるか否かが決められる手筈だったらしい。だが、右腕を失って帰ってしまっては、結果が目に見えているだろう。

その後男は、自宅をヤマに移した。
近くに川があるし、ウミも見える喉かな場所だった。

移住を決めたとき、機械的なものは全て都心で売り払ったのだが、唯一I-PATだけは持ってきていた。
そして今、男はI-PATに保存されている“あの絵”を眺め続けている。

その未完成の絵は、男には完成品のような気さえもした。

木星フレア

「お兄ちゃん、何をみてるの?」

後ろから低い声の女性が話しかけてきた。

「やあキャシー。惑星を観ていたんだ、この時期しか観測できないんだ。ほらあそこ」

兄であるランシターが指す先には、他の恒星たちとならんで光る小さな点があった。

「アレが惑星?すごく小さい」
「うんと遠くにあるんだよ。ほら、“望遠スモッグ”を覗いてごらん」

兄に言われ、身を乗りだして望遠スモッグを除きこんだ。スモッグ越しでもまだ小さいが、仄かに青く光る球体である事が分かった。
その輝きに見とれるキャシーを横に、ランシターはスモッグの倍率をさらに上げた。
すると、青色の中に他の恒星と同じように“固体”が浮かんでることが分かった。
ランシターはその固 体へスモッグの向きを調節して、倍率をぐんっと上げた。

「わあ!」
「分かったかい?」

キャシーが観た光景は、今までに観てきた恒星よりも大きな衝撃と感動をもたらしてくれた。
固体の表面で、小さな固体の粒が動いているのだ。

「すごい、まるで生きてるみたい」

固体に生物が住める筈がない、という現実的な考えを心にしまいこみ、ランシターは妹を抱き寄せ、星の表面を不規則に動く固体を眺め続けた。

他の恒星が光だし、青い惑星が見えなくなってきた頃にランシターは妹の顔を撫でながら言う。

「そろそもお腹すいたろ?飯を食べなよ」

キャシーはランシターの顔を見上げて返事をする。
「お兄ちゃんはたべないの?」
「俺はさっき食べたから大丈夫」

キャシーはそう、と言い、ふたたび望遠スモッグの中を除いた。しばらく沈黙が続いたあと、またキャシーが喋りだした。

「死んだあとの世界ってどんなのかな?」
ランシターはギクリとした。

「な、なんで急にそんなことを...?」

キャシーはさっきより明るいトーンで話始める。
「あたしね、あの青い星が“あの世”だと思うんだ。死ぬとね、魂が固体になって、あの星に転送されるの。」 
「ぷ、アハハ。そうかもしれないね」

頭のいい兄からの賛同が嬉しくてキャシーは調子づいた。

「あたしね、大きくなったらあの青い星にいくの!そしたらパパやママにももう一度あえるでしょ?」

不意に両親の話をされ、一瞬固まったランシターは、それを悟られないよう咳払いをしながら「そうだね」とだけ返事をした。

それは最後の返事となった。大きな爆発音と光が二人を包む────

 

「またジュピターか?」
取り憑かれるように、研究室内で望遠鏡を覗いていた私に話しかけてきた先輩の名はランシター。
背が高く、鷲鼻でモジャモジャ頭で、まつ毛が長く、大きな手をもち、少し、格好のいい黒人男性だ。

「え、いや、そそそうなんです!」
急に話しかけられたのと、相手が彼だった事に緊張して、言葉の始めをバグった機械音声のように、吃ってしまった。
彼はフフっと笑いながら、私の横に立ち、空を眺めながら言った。
「好きなんだな、木星。みえるようになってからずっと見てるよね。」
木星を眺める彼の横顔が夜星に照らされて、くっきりと浮き上がっていた。

「なんか、懐かしい気がして...」
そう言いながら、私の目はまた空に奪われた。
ランシターはその隙に、望遠鏡のレンズを覗きこんだ。

「きれいだな。ガスが主成分だとは思えないほど美しい。」
「あのガスの流れをずっと眺めてたら、なんだか生きてるように見えてきますよ。」
「アハハ。なんだそれ。」

木星人か。主成分がガスの星で、生物が生息してるなんてあり得ない話なのに、何故か私は木星を眺めていると、本当にあの惑星に生物がいるような、そんな幻想に浸ってしまう。
 
そんなことを考えている私を、大きな爆発音と光が現実に引き戻した。

「花火か、近くで夏祭りでもやってるのかな?」 

次々と打ち上がる花火は、空に輝く恒星とは違い、カラフルで賑やかだった。

「さっきのキャシーが言ってたみたいに、木星に生き物がいたとしたら、2XXX 年におきた木星での大爆発は夏祭りだったのかもね。」
「あはは、それはヘンですよ」

とても賑やかな空だった。

消毒


「はっくしゅんっ」

渡辺次郎のくしゃみにクラス一同が注目する。
次郎は鼻をかんだあと、それに気づいて口を開いた。

「な、なんだよ皆、青ざめた顔して」

「先生、今次郎くんが...」

「ええ、見ていたわ...」

そして先生が全ての教室の教卓に備え付けられているボタンに手をかけた。
すると黒板の上の放送用のスピーカーから避難訓練の時のようにベルが鳴り出す。

すると次郎以外の教室にいた人間が一斉に教室を出た。
「みんな、押さないで。
落ち着いて避難してください!」

その様子を唖然としながら見ていた次郎が皆と同様に教室から出ようとしたが、先生の手によって教室のドアが固く閉ざされている。

「先生、これはいったい...」

「次郎くん、大丈夫よ。すぐに専門家の人がくるからね!」

それからしばらくして、ヘリコプターや救急車、それに軍隊用の車のようなものがサイレンを響かせながら、まるで開店バーゲンに並んでいた主婦ように次々と学校内に流れ込んできた。

そして学校全体が隔離され、次郎は即席で作られたビニールハウスの中に入れられるとそれをマスコミやら野次馬やらがぐるりと囲んでいた。

他の生徒たちはガスマスクを着けた医師たちに精密に検査されてから宇宙飛行士みたいに全身消毒されたのちに一人ずつ解放された。


そして次郎だけが隔離病院へと運ばれる。
そこでは一面ガラスでおおわれた何もない部屋に次郎が入れられ、それを外から専門家や医師たちがコンピューターや謎の機械をつかってなにやらデータのようなものを解析していたり、メモを取りながらプチ会議が行われていたりした。

「おい出してくれよ!ただの風邪だってば!」

次郎がガラスをバンバンと叩きながら何かを叫んでいるがプライバシーの為か外側からは何も聞こえない。
勿論、次郎側からも外の音が聞こえないようになっているので次郎からすればそこで何日か過ごさなきゃと考えただけでよ気が狂いそうなことなのだ。

外からガスマスクを着け、ナース仕様の白い防護服を着た女の人が食事や薬を運びにくる時に次郎は何度も脱走しようとしたが、そのガラス張りの部屋の外には大きなライフル銃をもった人が常駐しているのでそれは不可能だった。

風邪のウイルスに体を蝕まれてから、この病院を退院出きるまでの期間は
精密検査の後の国に提出しなければいけない書類やらなんやらと、退院許可が出るまでの日数を合わせて約二週間にも及ぶ。

そしてやっとの思いで病院から出ることのできた次郎は、もう二度と入るまいと手洗いうがいはお手洗いに行く度に行い、常にマスクをつけるようになった。

こんな苦しい思いをしなければならない風邪ウイルスに皆さんもどうか気をつけてほひ...は......ふぁ...........

 

へっくしゅんっっ!!

ズズ...
いやあ、この時期は花粉症が酷いな。
私、昔から花粉症なんですよ。
あれ?皆さん、どうしました?そんな青ざめた顔して、
花粉症ですよ花粉症。風邪ウイルスなんかではありません。
あ、ちょっと、そのスイッチ、まて、花粉症だってば
おいお前なにする手をはな

色んな仕事


天候は良好。気温もそう高くなく、気持ちの良い風が吹き抜けていた。
今日は釣り日和だ。
釣りの道具とクーラーボックスを両手に山を少し登った所にある川へとやってきた。
仕事に追われる毎日を忘れるにはこの喉かな自然の中誰にも会わずに有給休暇を楽しむのが一番だろう。

そうして、良いスポットがないかと川岸を歩いていると他の釣り人がいるのに気づいた。
ちょうど何かが竿にかかっていたみたいなので暫く眺めてみると、糸の先には黒い長靴が引っ掛かっていた。
それをみてげんなりとする釣り人。
少し漫画チックで面白い光景であった。


僕はその男から数十メートル離れた場所を陣取り、川に糸を垂らす。
後は折り畳み式の椅子の背にもたれ掛かり獲物が掛かるのを待つだけだ。
すると、5分もかからない内に竿に反応があった。
なんだ、幸先が良いな。
竿を持ち上げ、リールのハンドルを回す。
こいつは大物だ。
一思いに竿を引くと、ザブンという音と共に獲物を釣り上げた。
そう、赤い模様の入った黒のスニーカーをね。

チラリとさっきの釣り人の方を横目で見てみるとこっちを向いて笑っているような気がした。
自分も恥ずかしさを誤魔化す為にニコリと微笑んだ。
糸からスニーカーを外し釣りを再開すると、さっきまで数十メートル離れていた釣り人が手を伸ばせば触れれるくらいの距離まで近づいてきてから言った。

「さっき釣り上げたやつ、見せてもらってもいいですか?」

「ええ」

馬鹿にされているのだろう、コイツもさっき長靴を釣り上げていたくせに。
そう考えながら川を眺めていると釣り人がなにやら独り言を言っているではないか。

「こりゃ良いデザインだ、きっと流行るぞ。」

言い終わったあと、釣り人はこちらに頭を下げてからまた口を開いた。

「これ、譲ってくれませんか。」

「は?」

「やっぱり駄目ですよね...」

「いや、駄目とかではなく、どうするんですかそれ。」

「実は僕、靴を取り扱っている会社で働いているんですけどなかなか長靴しか釣れなくて...
このままだと失業してしまうかも知れないんです。」

釣り人は情に訴えかけてくるように言うが自分にはそもそもの意味が分からなかった。

「靴の会社なのは分かったんですけど。
長靴しか釣れないのと失業してしまうのはなんの関係があるんですか?」

釣り人が「何を言ってるんだコイツは」と言いたげな顔をして言葉を返す。

「関係ってそりゃあ、長靴だけだと売れないでしょう。」

「売るんですか!?釣った靴を?」

「当たり前じゃないですか。
まあ靴が買えないって人達は自分で釣ったりするでしょうが、同じサイズで同じデザインの靴を一人で釣ろうとしたら何十年もかかりますよ」

「作ったりしないんですか...?」

「作るって、あんな精巧な形の物を人間の手では作れませんよ...」

なんと、そうだったのか。
確かに僕は靴を作っている所を生で見たことはなかったが、まさか靴は釣り上げるものだったなんて。

その日に釣った靴は釣り人にあげて、後日会社の同僚に靴の話をしてみてもどうやら皆知っていたようだった。
世間の一般常識をこの何十年も知らなかったなんてなんとも恥ずかしい話だ。
世の中には自分の知らないことが山ほどあるんだなと思い、仕事に戻る。

それにしても最近は木が減ってしまってなかなか帽子が取れない。
麦わら帽子はよく引っ掛かっているんだけど最近のトレンドはオシャレなハット帽だったりオーソドックスなキャップだったりする。
はぁ、どこかに良いデザインの帽子が山ほどひっかかっている木は無いものかな。

 

時計

僕の名前は田仲太郎、小学生だ。

ある日お婆ちゃんからもらった昔の時計を弄くっていたら魔神がでてきた。

「君の願いを叶えてやろう。ただし対価として時間を頂く。」

願いを叶えてくれる。
そう聞いて僕は少し迷ってから願いを言った。

「同じクラスの○○ちゃんと付き合いたい!」

「よかろう。願いは叶える。」


すると辺り一面が真っ暗になり、意識が消える。
ふと意識が戻ると僕の体は大きくなっていた。


「太郎、おはよ!」  

道の向こうから○○ちゃんが走ってくる。

「○○ちゃん?お、おはよ」

「なんでちゃんづけなのよ」


そういい○○ちゃんは微笑む

「もう付き合ったんだから呼び捨てでいいよ!」

なんてことだ、本当に願いが叶っていた。
そしてどうやら僕は中学生になってるらしい。
対価として時間を頂くっていうのは少し時間が進むって事かな?

とりあえず僕は○○ちゃんと学校へ向かう。


しかし参った。中学生の勉強はすごく難しい。
知識は少しあるみたいだがあまりついていけてない。


僕は家に帰りまた時計をいじくった。
そして魔神がでてくる。

「君の願いを叶えてやろう。ただし対価として時間を頂く。」

決まり文句なのだろう。


「頭をよくしてほしい!」

「よかろう。願いは叶える。」

また辺りが真っ暗になる。
次に目が覚めると更に体は大きくなっていた。

どうやら大学生になったらしい。
そして中学の問題集を再び解いてみる。

「解ける!解けるぞ!」

願いはちゃんと叶ったらしい。
すると知らない男が話しかけてきた。

「太郎~、勉強なんかしてないで遊びにいこうぜ」

「う、うん」

友人かな?
願いが叶うまでの経路を知らない僕は分からないことが多い。
とりあえず友人らしき人物に連れられゲーセンに着いた。

のはいいのだが、
財布にお金がない。

今から遊ぼうというのに、ここではお金がないとただ見とくだけしか出来ないのだ。
友人らしき人物が格闘ゲームに夢中になっている隙に僕は家に戻り時計をいじった。

「君の願いを叶えてやろう。ただし時」
「お金がほしい!!」

「...よかろう。願いは叶える。」

再び目の前が真っ暗に、そろそろこの現象にも慣れてしまった。

目を覚まして直ぐに財布の中身を確認する。
万冊が何枚かとクレジットカードまで入ってる。
ゲーセンで遊ぶには申し分ないどころかほぼ余ってしまうだろう。

「よし、遊びにいこう!」

立ち上がろうとすると腰に激痛が走った。
どうやら老人になるまで時間を取られたらしい。

「いてて、これじゃあどこにもいけないや。」

地面を這いながらもなんとか時計の前まできた。
少し上にあげただけで震えてしまう腕を使いなんとか魔神を呼ぶ。

「君の願いを叶えてやろう。ただし対価として時間を頂く」

「若返らせてくれ!」


これで安心だ、目の前が真っ暗になる前に力が抜けて目を閉じる。
そして太郎が次に目を開くと...

 


「おぎゃー!」

「岡本さん、出てきました。男の子ですよ」

「まあかわいい。もう名前は決めてあるの」


その頃、
一人の命が生まれる瞬間を遠い空の上から見ている魔神がいた。

「人間はバカだねぇ、私は時間を進めることしか出来ないのに。」

 

 

伏線の多い料理店


こんばんわ、“伏線の多い料理店”へようこそ。
この店は山道を抜けた山の中腹ほどの位置にあり、さらに営業時間も朝の五時から一時間ほどしかやっておらず、伝説の名店と呼ばれております。
味はもちろんのこと、この店の特色ともいえるのがなんといっても“伏線の多さ”。
この店に入ってから出るまでに起こるどんでん返しの数々でお客様方を飽きさせないように心掛けております。

電車に乗り、山道をあるき、たった今、やっとの思いでこの店にたどり着いたあなた。
まず貴方は数分かけてこの店のドアを開き、そのまま店内にあるテーブル席に腰をかけ、荷物を全部下ろします。
そして貴方は軽くなった体で食材の前に立ち、バイキング方式に皿に盛り付けていきます。
そしてドリンクバーの機械の前で何を飲もうか悩んだあげく、やはり水にしようと飲み水用の蛇口からドリンクバー用のコップへと水を入れます。

貴方はそれらをもって再び席につき、まず、水を一口飲んでから食事を済まして、疲れが取れるまで暫くの間ぼーっと外の景色を眺めます。
お腹も一杯になり、満足した貴方は持ってきた荷物を抱え、万札を1枚レジカウンターの上におき、「釣り入らないよ」と気前よくレジに向けて手を振りながら店を出ていきます。

店を出たあと、貴方は後ろを振り返り“伏線の多い料理店”と書かれた看板をジッと眺めながら思います。
(伏線なんてどこにあったんだろう)と

しかし、貴方が来たときに伏線が無かったのは当たり前なんです。
だって貴方が来たのは営業時間外の夜なのですから。

ほら、わたし、最初に“こんばんわ”って言ったでしょ?

多重人格少年


記者と名乗るものが少年に話しかける。

「貴方がこの地区で有名な“多重人格少年”の太郎くんですね?
私、記者の渡邉と申します。よろしく」

「はい」

その様子を野次馬たちは遠目でみていた。
渡邉は気にも止めずに質問を続ける。

「現在、いくつの人格を持っているんですか?」

「ちゃんと数えた事はないけど沢山ですね。
毎日一人は見つかるんで」

「そんなに沢山の人格があって困ったことはないんですか?」

「人から変な目で見られることくらいですかね。
でも便利ですよ。色々な人格を状況に応じて使い分ければどんなことでも出来ますからね。」

「失礼ですが、精神科に相談されたことは...?」

「ないですね、というか精神科の人格もあるんでわざわざ病院に行くことはありませんよ。」

渡邉は太郎が言ったことをメモに書き留め、時よりなにを質問しようか考えるような仕草もみせた。

「他にはどんな人格があるんですか?」

「あぁ、一応紹介しますね。」

次の台詞で太郎の口調と声が変わった、別人格が現れたのだ。

「初めまして。太郎の母親である節子と申します。」

「母親ですか?」
渡邉は驚きを隠せずにペンを止めた。
多重人格で母親の人格があるものなど聞いたことがない。

「ええ、太郎の実の母親が事故で他界してしまい、その穴埋めにと私が太郎の世話をするためにやってまいりました。」

「はぁ、すると家事は節子さんがやっておられるのですね...」
正確には“節子の人格が”だが細かい話はなしとしよう。

「そうですね、朝と夜だけ私が出てきて、家にいるうちに家事を済ませてしまいます。買い物は執事のものが───」

節子が話している最中に声が男の声に変わった。
太郎よりももっと低い声だった。

「おい、節子。誰だこの男は」

再び節子の声に切り替わる。
その声の移り変わりは目を閉じてしまえば複数が会話してるように錯覚してしまうほど違和感がないものだった。

「あら貴方。この方は記者の人よ、私達に取材をしに来たの。」

「あの、今のは旦那さんで...?」

「ええそうです、旦那の雅彦でございます。」

「節子、なに勝手に話を進めてるんだ。
俺は取材なんか聞いてないぞ。」

「私だってさっき太郎から聞いたのよ」

「なんだと、口答えしやがって──」

「まあまあ。旦那様、奥様、どうか落ち着いてください」
次は老人のような声に変わった。

「申し遅れました。ワタクシ、執事の川上と申します。」

「あ、どうも...」

「あら、川上。
ともえの面倒みててって言ったじゃない」

「すいません奥様、なにやら騒ぎ声が聞こえてきたのでつい。
しかしもう寝かしつけてあるので安心してください」

「あの、すみません節子さん、ともえとは...?」

「ともえは三ヶ月前に生まれた太郎の妹です。」

「生まれるんですか!?」

渡邉は思わず声を粗げた。

「ええ、生まれますよ。
人格というのも一種の生命ですからね。」

渡邉は何がなんだか分からなくなってきていた。
色々な人格を持っているのが多重人格というのは知っていたが、一つの人間に母や父、そしてその息子といった家族構成があり、更には新たな人格として子供が生まれたというのだ。
渡邉が考えていた多重人格の想像より、遥かに遠くの斜め上方向に位置を置いていた。

さらに太郎の父である雅彦の声が発せられる。

「そういえば隣の丸田さんも先日子供ができたと言っておられたな」

「あら、おめでたいわね」

しかし渡邉には嫌な予感しかしていなかった。

「まさかその丸田さんというのは...」

「あぁ、別人格だよ」

「な、なんてことだ...そのうち人格だけで町が出来てしまうんじゃないですか」

渡邉がジョークで言ったつもりの台詞にも、雅彦は平然とした様子で返答する。
「町っていうか一国くらいあるんじゃないか?」

「一国!?」

「うむ、一国は少し言い過ぎたかもしれないが。
新たな人格が見つかるのは毎日一人だけど、赤子として生まれてくるのは10人20人と日に日に増えていくからね」

渡邉はただただ唖然とするしかなかった。
途中、メモすることも忘れていて、ペンも地面に置いてしまっていた。
そこに、ふと野次馬たちの声が聞こえてきた。


「太郎くん、また一人で喋ってるわ」

「次は記者と話している設定なんですって」

「妄想壁があるのよきっと」

「まあ怖い、うちの子とは遊ばせないようにしなきゃ...」


と少年は言った。